今野 泰幸
Yasuyuki Konno

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プロフィール 選手紹介 毎年の成績
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Profile

フルネーム 今野 泰幸
Full Name Yasuyuki Konno
国籍 日本
生年月日 (年齢) 1983/01/25 (40歳)
出身地 宮城県/Miyagi
身長 / 体重 178cm / 73kg
ポジション DF
利き足 右足
DF
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
利き足右足

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日本最高峰の守備技術を備えた万能型センターバック。

走り負けないスピード、的確なポジショニング、カバーリングセンス、ビルドアップ能力を備え、ボール奪取能力に至っては日本人トップクラス。絶対的な高さを除けば、ディフェンダーに求められる能力はほとんど兼ね備えている。また、シーズン終盤に優勝争いを演じるチームとの試合で貴重なゴールをあげることから、一部で「ドリームクラッシャー」の異名をとる。

その実力は毎年のように海外からの興味が伝えられるほどで、2009年も他チームへの移籍が決定的と報道された。しかし、2年目を迎えた城福監督の構想に投合し、「FC東京の大黒柱」として全身全霊で戦うことを決意。DFラインに対しても高度なフィードスキルを求める城福サッカーにおいては、主戦場であるCBが攻撃の起点になる必要があったが、その期待に見事に応え、攻撃にも積極的に絡んだ。

その後、大熊監督と共に2シーズンを過ごして、J2降格とJ1昇格を経験。2012年には更なるレベルアップとタイトル獲得のためにガンバ大阪へ移籍した。

だが、ガンバ大阪の課題であったディフェンス力アップを期待されたものの、特に2012シーズンの前半戦は自身のパフォーマンスも悪く、チーム不振の一要因に。シーズン途中に岩下が加入し、彼とセンターバックを組むようになってからは復調の兆しを見せるものの、最終的にはチームはJ2降格。サポーターからは戦犯の一人として批判対象となった。

なお、12月に行われた町田ゼルビアとの天皇杯4回戦では、ボランチとしてもプレー。スタートは3バックで始まったものの攻撃がうまくいかず、途中からボランチとしてプレーする展開であったが、予想以上の活躍を見せ、逆転勝利に貢献。準々決勝のセレッソ大阪戦でも引き続きボランチとしてプレーし、チームの勝利の立役者となった。

日本代表では、ユース、五輪代表を経て、2005年にA代表デビュー。2007年ごろからはコンスタントに出場機会を掴んだ。2010年W杯の本大会では、右SBとしてレギュラー起用される見通しだったが、直前の親善試合で負傷し、結局1試合のみの途中出場。初の大舞台で辛酸を舐めた、だが、その後ザッケローニが就任した新生日本代表では、中澤や闘莉王が離脱したこともありレギュラーCBとして絶対的な地位を築いた。

2011年アジアカップではオーストラリアとの決勝戦終盤に突然監督からボランチに移れと指示を受けたが、あまりに久々であったために「ボランチ無理」と答え、それが長友の中盤左サイド起用を呼び、(遠く)間接的に李忠成の決勝点をもたらしている。それもまた「ドリームクラッシャー」のジンクスだろうか?

2014年ワールドカップに向けてのチームでも中心的なセンターバックとしてプレーしていたが、本大会では開幕戦で森重にポジションを奪われ、コロンビア戦ではPKも与えてしまうなど、彼にとっては厳しい3試合となった。

History

シーズン 国 ディビジョン チーム名 リーグ プレーオフ 備考
出場 先発(途中) 得点 出場 先発(途中) 得点
2008 1 FC東京 32 32(0) 4
2009 1 FC東京 34 34(0) 2
2010 1 FC東京 34 33(1) 5
2011 2 FC東京 33 33(0) 1
2012 1 ガンバ大阪 33 33(0) 2
2013 2 ガンバ大阪 32 32(0) 4
2014 1 ガンバ大阪 33 31(2) 2
2015 1 ガンバ大阪 34 31(3) 6

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